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ラングーン事件から29年…韓国・ミャンマー経済協力の相手に

Written By Ngakawa Kyaw on Tuesday, May 15, 2012 | 1:29 AM

 5月15日(火)11時14分配信

 大韓民国の大統領が28年218日ぶりにミャンマー(旧ビルマ)を訪問した。1983年10月9日のラングーン爆弾テロ事件以来初めてだ。
李明博(イ・ミョンバク)大統領は14日午後、ミャンマーの首都ネピドーに到着し、テイン・セイン大統領と首脳会談を行った。両首脳はこの席で▽経済・通商協力の強化▽開発経験の共有▽エネルギー・資源開発協力と文化・人的交流の増進--について議論した。

ミャンマーは75年に韓国と修交したが、伝統的に北朝鮮と親しい。ミャンマーで発生したテロ事件は、当時の全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領を狙った北朝鮮の工作だった。全大統領が乗った車がヤンゴンのアウンサン廟に到着する3、4分前に北朝鮮の工作員が爆発物を爆発させたため、全大統領は無事だった。しかし行事場所にいた徐錫俊(ソ・ソクチュン)副総理や李範錫(イ・ボムソク)外務部長官ら1級以上の公式随行員15人のうち13人が死亡した。

ミャンマーは62年に始まった軍部統治下にあった。88年8月8日、いわゆる「8888抗争」と呼ばれる民主化運動が起きたが、軍部は数千人を虐殺して対抗した。これをきっかけに民主化運動に飛び込んだ人物がアウン・サン・スーチー氏だ。

国際社会は経済制裁をし、韓国も参加した。ミャンマーはその間、北朝鮮と急速に接近した。北朝鮮から小銃・ミサイルなど武器を購入した。韓国政府の関係者は「非公式武器取引だけで年間1億2000万ドル」と伝えた。北朝鮮から地下トンネル技術を伝授され、ミャンマーの核施設では北朝鮮の技術者が働いているという疑惑も提起された。このためブッシュ政権は06年、ミャンマーをイランやイラクとともに「悪の枢軸」と規定した。

しかし昨年3月にテイン・セイン大統領が就任して状況は変わった。軍出身だが、民主化の措置を取った。国際社会の要求通りスーチー氏の軟禁を解除し、民主的な選挙を受け入れた。6000人以上の大規模赦免をした。国際社会も制裁緩和で応えた。李大統領の訪問はこうした中で決まった。民主化措置後、国家首脳の訪問では4月のキャメロン英首相に次いで2人目だ。

李大統領は06年5月、済州(チェジュ)で開かれた韓・ASEAN特別首脳会議に当時首相だったテイン・セイン大統領を招待していた。テイン・セイン大統領は当時、「ドラマ『朱蒙(チュモン)』を楽しんでいる。王位争いがミャンマーの歴史と非常に似ている」と述べたという。昨年11月にインドネシア・バリ島で開かれた東アジア首脳会議(EAS)でも会った。李大統領はミャンマー訪問中の15日にスーチー氏と会談する。

◇北朝鮮問題発言を強める=李大統領はこの日、ミャンマーへ向かう前、中国・北京の人民大会堂で胡錦濤・中国国家主席、野田佳彦日本首相と首脳会談を行い、「北朝鮮がまた挑発する場合、その時も私たちが従来と同じ接近法をしようと話すのか自問自答してみる必要がある」と述べたと、金泰孝(キム・テヒョ)青瓦台(チョンワデ、大統領府)対外戦略企画官が伝えた。

また李大統領は胡主席との韓中首脳会談でも「北朝鮮が核兵器と長距離ミサイルを保有すれば、南北対話と朝中対話が全く違う局面に入ることになるだろう」と述べた。胡主席は「北朝鮮の核実験と大陸間弾道ミサイル発射に反対する」という従来の立場を明らかにしたという。
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